想い、、その先へ!!

意思と行動で、偶然を必然に変えて、、  産業カウンセラー“enpapa”のブログです!

この1年、、、

デンマークカクタス

今年も残すところ、あと5日。

この1年、、、

誠実であっただろうか?

素直であっただろうか?

その瞬間、最善を尽くしたであろうか?

他の人々に対して、
自分のこころに、、、
そして自分自身の行動について、、、

振り返ると、揺れ動いて
定まらない自分があった。

感情に流されて
悔む自分があった。

締めくくりの5日間、
もう一度
ゆっくり足元を見直す時間を
持つことにしよう。

PageTop

冬の秋月とオニヅカバイオの花

PG GAUZE(ピージーガーゼ)に行く用事があって
師走の秋月へ出かけた。
冬の秋月2011.12.23
PG GAUZE は、
肌にやさしいベビー用ガーゼ衣類で有名なお店、、
商品は、デパートや東京・自由が丘のお店などで扱っているが
ここ秋月に本社と直営店がある。

石橋の右側の建物が直営店、、、
秋月に行くたびに、時折、覗いている。

用事を済ませて、川を挟んで向かい側の
パン屋さん“月の峠”
月の峠2011.12.23
いつもながら店先に着くと
パンの香りが、なんとも幸せな気分にしてくれる。

帰路はいつもの通り、
筑前町のオニヅカバイオシステム
祝日とあって、お客様はひっきりなし、、、
駐車場も満杯の大盛況。
忙しそうなので、
ちょっとだけ井上店長に挨拶して、早々に失礼。

オニヅカバイオ・寄植え2011.12.23
お正月向けの寄せ植え、、、

クリスマス直前ということもあって
色鮮やかなポインセチア、シクラメンなどが沢山。
オニヅカバイオ・ポインセチア2011.12.23

この時期、
大好きなプリムラ・ジュリアンばら咲きを買い求めた。
ジュリアン・ばら咲き2011.12.23

ジュリアン・ばら咲き3種2011.12.23
この3種、マスカットのジュレイチゴのミルフィーユなどという
なんとも美味しそうな名前がついている。

新しい品種もさることながら、
花のネーミングも、
年々いろいろと凝った名前が登場する。

園芸業界も
販売戦略とセンスが必要な時代だ。

オニヅカバイオシステム 筑前直売店
TEL 0946-42-8333
福岡県朝倉郡筑前町東小田五郎丸1291
*大きな温室が目印。
 お店の中は四季折々の花苗や寄植えがいっぱい。
 ガーデニング教室なども随時開催されている。

PageTop

紫檀のシガレットケース

毎年、年末の楽しみは、
NHK歴史ドラマ“坂の上の雲”

今年も12月に入って毎週日曜日の夜は
見逃さないようにしている。

先日、ふと思い出したのが、
以前から大切にしている
軍艦對馬の記念の品。

40年程前、知り合いの方から、
“あなたなら大切にしてくれるでしょう”と
紫檀で作られたシガレットケースをいただいた。
軍艦對馬のシガレットケース①2011.12.18

ふたの裏には、
軍艦對馬のシガレットケース②2011.12.18
軍艦對馬 長江警備記念 昭和十年七月 と刻んである。

この軍艦對馬は、
明治35年(1902年)日英同盟締結の年に
広島の呉工廠で建造され、
あの日本海海戦に参戦した日本海軍の軍艦だ。
軍艦對馬2011.12.18
~Wikipediaより転載~

第一次世界大戦に参戦、
樺太やインド洋や南アフリカなどにも展開、
その後10数年間、
中国の長江(揚子江)へ警備派遣された。

これは、昭和10年(1935年)に
その任務終了の記念品として
関係者に配られたシガレットケースのようだ。

以前、門司の洋館の展示資料に
同じものを見つけたことがある。

作られて76年、
私の手元にきて40年程になるが、
紫檀の輝きと
刻んである趣きある字体に
日本の重い歴史を感じさせる。

日本海海戦につながる貴重なものとして
くださった方のお気持ちと同様に、
これからも大切にしていきたい。

PageTop

冬の土曜日②

実家の庭も、すっかり冬の風情、、、


赤い実が鮮やかな万両

PC171207_convert_20111218110607.jpg
モミジは、やっと見頃

PC171202_convert_20111218110357.jpg

実家のニャンコ
気持ち良さそうに、陽なたぼっこ中、、、
PC171203_convert_20111218110449.jpg
名前を呼んだり、話しかけるたびに
目をつむったまま、
ニャ~ン(なあに?)と返事する。
、、、おじゃましました。
(じゃまして、ゴメンネ)

PageTop

冬の土曜日①

土曜日は、
高速を使わず一般道で
実家へと、、、
冬の景色①朝の筑後川2011.12.17
朝の筑後川、曇り空に陽が昇り始め

冬の景色②脊振レーダーサイト2011.12.17
昨日は雪が舞い
背振山頂が少し白くなっている

冬の景色③佐賀平野のバルーン2011.12.17
冬の風物詩、佐賀平野のバルーン(熱気球)

冬の景色④バルーン2011.12.17

諫早湾から眺める島原半島
冬の景色⑤島原半島と諫早湾2011.12.17
左の小高い山は、眉山
右の大きな山が雲仙
右奥に潮止め堤防と諫早干拓地がある。

仕掛け網の竹竿が並び、
きらきらと海面が輝いていた。

久し振りに、一般国道を走り、
なつかしい景色と風情に
ゆっくりと浸ることができた。

PageTop

幸せな記憶

今日のテレビ東京の番組、
“たけしのニッポンのミカタ”は、
昭和を懐かしんだり、
過去の自分の、幸せな頃の記憶に浸るという内容。

明治学院大学の宮田教授の解説によると、
良い思い出をひとつ思い起こして
幸せな気分になることで、
他の幸せな記憶も連鎖的によみがえり
幸福感が得られる「 プライミング効果」
生まれるという。

プライミング効果については
心理学用語の解説では、
少々難解で理解できなかったが、
番組では興味が持てる事例で紹介していた。

以前みたTVでも、
認知症のお年寄りが
介護者に、自身の思い出を語ったり、
懐かしい歌を歌うことでことで
こころ穏やかになり
徘徊行動も落ち着く場面があった。

過去の記憶は
大切なその人自身の生きてきた道、、、
浸ったり、振り返ることが
現在の自分を
確認する道しるべなのであろう。

過去は振り返って良いのです。

PageTop

シクラメン

すっかり冬の代名詞になったシクラメン
今年のシクラメン2011.12.12
今年は、白にピンクの模様入り。
次々に花芽が上がっている。

こちらは、
娘が大切に育てている
2年目のシクラメン、、、
2年目のシクラメン2011.12.12

しっかり暑い夏を越して、
いまから咲き始め、、、。

ゆっくりと花芽を育んでいる姿が
とてもいじらしく感じられる。

ゆっくりと、、、そう、ゆっくりと、、、

PageTop

師走

ブリヂストンタイヤ発祥の久留米工場正門に
例年通りイルミネーションが点いている。

ブリヂストン久留米工場①2011.12.11
省電力のせいか、
今年の飾りつけは控えめ?

ブリヂストン久留米工場②2011.12.11
トナカイは数頭いるが、サンタは、まだ来ていない様子、、。

クリスマスまで2週間、
その1週間後は、大晦日、、、
今年も、あっという間の1年。

PageTop

ご当地パン

娘の大学時代の友人から、
広島・呉市の名物メロンパンをいただいた。
娘たちは、呉に遊びに行った時は
時々買い求めていたらしい。

彼女の親戚がされている
メロンパンという名前のお店のメロンパンあんぱん、、
呉・メロンパンという店のパン2011.12.11
*右下のラグビーボールみたいなのが、メロンパン

ややこしいようだが、パン屋さんの名前が
有限会社メロンパンと言うそうだ。
呉は、旧海軍・海上自衛隊の港としても有名だが、
このお店は、昭和11年創業というからビックリ。

一般的に言うメロンパンのイメージとは
まったく違うし、ずっしり重いのに驚いた。
あんぱんも同じく、
ゆうに200g以上はある。

同じように、広島・三原市八天堂のクリームパン
こちらは創業昭和8年
三原・八天堂のパン2010.3
現在、全国的に有名になって
生産が間に合わないそうだ。

東広島市で5年間過ごし、
呉や三原も幾度となく訪れたが、
九州へ戻ってから知ることになった。
どちらも、個性あふれる美味しいパンだ。

ご当地パン、恐るべし、、、。

PageTop

“さもわある”

最近は、想い出話ばかり書いているような、、、
過ぎた時間が妙に懐かしいこの頃、、。

福岡も70年代後半から80年代にかけては、
路面電車が廃止になり、天神地下街ができ、
さらに、博多大丸が呉服町から天神に移転してきて
天神地区が大きく様変わりしていった。

天神3丁目の大きな通りが、
親不孝通りと呼ばれ始めた頃、
その通りを安国寺の方に入ったところにあった、
喫茶店“さもわある”、、、。
アップルパイが、とても美味しい評判の店だった。

ある週末、当時、山歩きに明け暮れていた私は、
背振山系の尾根にある鬼ケ鼻という
福岡市街を一望するピークで3人の登山者と知り合った。

打ち解けて話すうちに、
たまたま撮ってあげた記念写真を
後日渡す約束をして、届けた場所が、
この“さもわある”、、、

マスターに、ここを連絡場所にしていた
登山サークルに誘われた。
当時、単独行が信条だったが、やがて入会、。

いろいろな職業の社会人や学生、
独身や家族ぐるみ、
20代から50代の幅広い年齢層、
40名ほどの会員がいて、
毎月の山行きは、5、6人の時もあれば、
20人程の団体になることもあった。

暇があれば“さもわある”で珈琲、食事、、、
閉店後は、マスターを交え天神界隈で飲み会。
私的な時間は、山か、“さもわある”に居るという
とても濃厚な時間(?)を過ごした。

おかげで背振山麓に、
会所有の山小屋を建築したり
四季折々の仲間との楽しい山行きも
経験させていただいた。

やがて、運営方針や山への指向性の食い違いなどで、
会全体がギクシャクして、
3年ほど在籍して退会、、、
ほどなく会は解散した。

大勢の志が異なるグループ運営は、
スタート時の理念がしっかりしていないと
走り出してからはとても難しい、、
とつくづく感じた。

その後、“さもわある”は天神北から赤坂へ移転し、
数年後、惜しまれて、閉店。

会のメンバーでもあった
“さもわある”のマスターとは
その後もお付き合いさせていただいている。

当時の山仲間の数人と、
またいつかみんなで集まりたいね、と話しながらも、
5年、10年と時は過ぎている、、、。

PageTop