想い、、その先へ!!

意思と行動で、偶然を必然に変えて、、  産業カウンセラー“enpapa”のブログです!

病状記17 絶食も今日まで

2月20日(金)入院21日目

2回目の絶食9日目、
ここ数日の漢方を含めた内服薬のおかげで、
お通じが良くなり始めたので、
明日より重湯に復帰できることになった。
前回のことがあるので、
完食はせず様子を見ながら少しずつ、、、
食事が通常に戻れば、首筋の点滴も抜けるが、
退院予定は1週間程、延びそうだ。

一方、
尿管に溶ける糸で縫ってある管2本のうちの1本を今日抜いた。
これで左の腎臓から尿管、今回造設したストーマを通って、
尿が体外へ排出できるようになった。
数日後に右の管も抜ける予定だが、
これも予定より遅れぎみ。

とはいえ、以前よりいろいろな痛みも減っているし、
動きにも違和感がなくなってきた。
峠は越えたか?

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病状記16 術後16日目、やっと、、、

2月18日(水)
2回目の絶食に入って7日目の今朝、
やっとガスが出て、
下剤に頼らない自発的な便意があった。

自然なことなのに、
この当たり前の感覚がうれしい。

点滴で栄養補給しているとはいえ、
体重は、入院時より5㎏減。
ストーマの具合も良好なので。
午後のCT検査と主治医回診で、
食事解禁となるか?

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病状記15 術後10日目

2月12日(木)術後10日目

ここ数日、ストーマの装具は安定せず、
予定より早い交換を余儀なくされているが、
管のほうは、当初の5本から減って、
ストーマの尿の管と首筋の点滴の2本になった。

問題は、お通じ。
6日目から重湯2日間、
続いて3分粥3日間になったのだが、
途端に、便秘ぎみになった。
お腹が張って苦しい上に、痛みも強い。

開腹手術後に出ることがある、
術後イレウスと呼ばれる腸閉塞の症状らしい。
これから数日、絶食と下剤、点滴注射の治療が続く。

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病状記14 術後1~2日目

2月3日(火)術後1日目
昼前に、集中治療室から病室へ戻る。

繋がれている管は、5本
①背中・・・麻酔の管だが、鎮痛剤のボトルが繋がり、
途中のボタンを押すつど、薬液が体内に入る。
②首筋・・・中心静脈カテーテルで、点滴が入る。
③骨髄内ドレンと④吻合部ドレン・・・腹腔内に溜まった血液や
体液を体外へ出す管。
⑤ストーマからの尿の管(2本)・・・これが、"主役"
脇腹に作ったストーマ内の尿管(左右の腎臓につながっている)からの
尿を出すため、極細の管を仮設している。

午後、主治医と担当医が様子を見に来る。
予定時間を2時間もオーバーした理由は、
”回腸を表に出す部分の腹筋が強くて、
やり直しました。鍛えてますね!”とのこと。
思わぬことで、誉められた。

2月4日(水)術後2日目
痛みのたびに、背中の管の鎮痛剤スイッチを押す。

傷の手当の際に、初めて切開部分とストーマを見た。
切開部分は、約15cm
ストーマは、赤黒い梅干しのよう。(後日、キレイな赤色になった)
これが今の自分の身体なんだ、、と妙に納得。
と同時に、もう膀胱が無くなってしまったと実感。

この春、幼稚園に入る孫は、
私が外出先で男子トイレに入ると、必ず 横に立つ。
家では洋式なので、立って用を足すのが珍しいらしい。
その都度、”男の子は、こうやるんだよ”、、、と教えてきた。
もう、それもできないな~と妙に寂しい気分になった。


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病状記13 手術

2月2日(月)手術当日

8時30分 手術室へ
心電図、血圧測定の機器をつけた後、
麻酔の準備。

今回は、開腹手術なので、
前回の内視鏡手術との相違点は、
①麻酔は、全身・硬膜外麻酔
背中に刺した針から麻酔薬をいれるが、
手術後も数日残して、
ここから痛止めの薬剤をいれる。
②点滴は、中心静脈カテーテル
首の側面から心臓近くの大きな静脈まで
カテーテルをいれる。

前回同様、
手術台で準備を待つ間に深い眠りに落ちた。


”終わりましたよ"と、声をかけられ た後、
集中治療室 へ、、、。

妻が待っていて、
時間を聞くと18時半。
眠っている間に10時間が経過していた。
後で聞くと手術自体は9時間もかかったらしい。

その夜は、ここに一泊。

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